■ 城崎荒船浄配水場
城崎の水道事業は、日露戦争記念事業として、明治39年(1906年)の春に水道事業を計画し、極楽寺奥の谷間の涌水を水源として、湯島地区の街の中心部のみを対象に、50mm白鋼管で敷設、同年12月末に完成し、明けて明治40年(1907年)1月1日より給水。
この時の事業費は、約10,000円。
明治42年(1909年)に山陰線が城崎まで開通し、その後の第1次大戦の好況もあって、温泉湯治客が急増し水量不足をきたしたため、戦乱の影響で諸物価が急騰する時期にあったが、一大決心をもって水道拡張事業に着手することになる。
しかし、大正7年(1918年)9月の北但大風水害に際し、拡張工事中途で大被害を蒙り、翌大正8年(1919年)新たに計画を立て直し、上水道事業として着手。この時の給水区域は、同じく湯島地区のみでした。
認可年月日 大正8年10月29日
起工年月 大正8年10月
竣工年月 大正9年 6月
事業費 147,005円
給水区域 城崎町 湯島
計画給水 人口 3,800人
計画1日給水量 1,000㎥/日
施設の概要 水 源 大谿川表流水
浄配水場 城崎町湯島字荒船
貯水池 4,500㎥
濾過池 緩速濾過 3池
濾過能力 1,000㎥/日
配水池 335㎥ 1池
▼ 場所

▼ 山中にひっそりとある煉瓦造上水施設


▼ 小さなアーチにもキーストーンがはめ込まれている。

▼ 冬に見た全容

▼ 上部は3つの濾過池


▼ とりまく上屋の形態が面白い 四角形ではない。


▼ 更に上部の配水池


▼ 河川敷にも何らかの施設らしきものが残っている わかるかな~~??