■ 円山疎水坑
鉄筋コンクリート造 延長4442m 建築年 明治43年築造
場所 朝来市生野町円山
この疎水坑は大島道太郎(御料局技師、工学博士1860~1921)の意見書によってその開削が始められた。大島は4年半ないし9年での完成を見込んでいたが、20年近い年月を要し、明治43年にようやく完成している。この疎水坑道は全長4442mで大盛、天受、緑珠、久林の各坑道を経て金香瀬まで通じている。この完成によって金香瀬底部の排水が可能になり、開発がより深部へと進んだ。(「鉱石の道」産業遺産活用調査報告書より)
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▼ 地図

▼疎水坑までのアプローチ
すぐそばを国道312号線が通っている

▼ 入口全景 出入り口には鉄柵があり

▼ 入口内部 レールが走っている

▼ 入口側からアプローチ(流れている方向 国道側へ)

▼ 国道を横切って林の中へ??

▼ まあなんとこんなことになっていたのかと始めて気が付く。
円山川の源流を横切って水路橋が掛かっている。静かな場所だった。水路橋は丸鋼で支えられていた。国道の橋が昭和34年につけかえられている。ということから考えれば同じ頃に作り直されたのかもしれない。昔は木箱の水路橋だったのだろうから

▼ おそるおそる渡った水路橋の先にはなん溜池があった。ますややまめでも養殖しているのかな==と思った。のは、間違いもしない事実です。

▼ 来た道をテクテク、、気持ちのよい木漏れ日の差す風景 でも、ものの3分だけ

▼ 来た道(国道)を歩き、養殖場らしき出入り口に向かう。フェンスがあり見れないが反対側(北側)から写す。

▼ 出入り口の外に何気何しに置いてあった看板。ここで鉱山施設の沈殿槽だったことがわかる。

▼ この沈殿槽の水は再び国道を渡り3つの沈殿槽に水が流れていた。いままで、子供の頃から通るたびにこの蓮池を見ていたのに沈殿槽とは知らなかった。
国道を渡った沈殿槽は3段階に分かれていた。


▼ 最終の沈殿槽から円山川源流に水は放水されていた。

但馬の近代化遺産を調べきつづけていた者の、いつも気になっていたこのトンネル。トロッコ後なのかとずっと思っていましたが、やっと謎が解決しました。見学は自由ですが車を止めるのは播但道のそばの裏道のほうがいいですよ。国道沿いは交通量が多いので危ないし、車は止めることが出来ないですね。歩いてみてもカーブが多く怖いので、事故には気をつけてください。